ソムリエ・ワインディレクター 田邉公一のブログ

ソムリエ・ワインディレクターである田邉公一 自身の仕事への考え方を、日常の中から綴ります。

父の日

f:id:koichiduvin:20190614234129j:plain


父の日


今年は「とらや」の夏のギフトを。


父はほとんどお酒を飲まない。


とらやのようかんを見ても、「飲みものを合わせるとしたら…」と自然に考え始めるのは、完全に職業病、というかもはや呼吸と同じなのかもしれない。


講師業もそうだが、その時だけいいことを言おうとしても、絶対に伝わらないし、そこには何か深みが足りなくなる。

だから日常から常に意識するようにする。


日常を意識して、常に考えることで、いざという時の言動が深さを増していく。


これは何においても同じ。


僕は大学時代に始めたバーでのアルバイトにはまり、大学を卒業しても、そのまま、そのアルバイトを続けた。


山口県の実家を離れ、遠く神戸の私立大学に通わせてくれた両親のことなど、当時はまるで考えることもなく、「周りが考える理想の自分」を目指すことなく、ただやりたいこと、熱くなれることに向かう日々。


そういえばその頃、

「田邉って、自分のやりたくない仕事は全然やらないよね。」

と同僚からは皮肉を言われることもあった。


母親は僕に対して、国立大学に入って、そのまま安定した企業に勤めることを強く希望した。


ことごとく母親の期待を裏切り続けた僕に、父は何も言わず、ただただ見守り続けてくれた。


「ソムリエコンクールに出たい」


僕がそう言った時、今度は母が大賛成してくれた。


肝心な時に、後押しをしてくれたのはいつも両親。


今は両親の期待に添える自分であり続けたいと、強く思う。






人生最高のシャンパンサーベル

f:id:koichiduvin:20190613081410j:plain


長年講師を務めるワインスクールのシャンパーニュクラス 最終回は、実際にレストランにて、料理とワインのマリアージュを楽しむパーティスタイルでの授業。


クイズや大きなシャンパンボトルの抜栓、サービス等もあり、一見、パーティイベントのように見えても、あくまでも講座の一コマ。

今回のクラスの集大成となる要素が、ふんだんに詰まった内容になっている。


シャンパーニュの知識と経験を得ると同時に、周りからいつも愛されるワインラバーになること。


これがこのクラスの最大の目標。


今回、このクラスでは初めてとなる、シャンパーニュ サーベラージュをご依頼いただいた時、

「もちろんやらせていただきますよ!」と、迷わず答えた。


これは古くから儀式的に行われてきたものであり、綺麗に決まるかどうかで、今後を占うという意味もある。


事前に練習ができるわけでもないため、いざ本番となると、なかなかのプレッシャーがかかる。


技術も大切だが、想いの強さの方がもっと大切。


想いの強さというのは、こういう瞬間に一番現れてくるんだと思う。


結果は、フェイスブックツイッターでもシェアしたとおり、「人生最高のサーベラージュ」となった。







Knock ノック

f:id:koichiduvin:20190612101000j:plain


ピエモンテをテーマにした大人気イタリアンレストラン「Knock」を、都内に4店舗経営されている、横山さんと久しぶりの一対一での会食。


「Knock」は大好きなレストランで、ワインスクールのイタリアの授業の際にも、度々お話しをさせていただいている。


「食事を楽しむこと」これが人生に活力を与えてくれるということ。

ここには、食の本質がたくさん詰まっている。



「例えばゴールが2だとしたら、1+1でも、5-3でもいいから最後に2に着地していればいい。

あとはそれぞれのスタッフに任せる。」


 「僕の考える飲食店はおにぎり。

あの小さい頃の、おにぎりの無条件な美味しさを思い出すようなお店が理想的なお店。」  


今回もとても刺激になった。


お互いに成長し合える仲間が近くにいるということは、やはりとても幸せなこと。


これからも好きなことをとことん突き詰めて、常に貢献できる人間でありたい。




合格祈願

f:id:koichiduvin:20190604101647j:plain


合格祈願。


10年目の挑戦。


三たび全員合格へ。


ソムリエ・ワインエキスパートになったその先を伝えていきたい。


僕は明らかに人生を変えることができたし、17年前のあの挑戦がなければ今はない。


そこで挑戦することの大切さを学んだ。


小さな成功体験を積み重ねていくことが、大きな成功体験へと繋がっていく。


それを教えてもらった。


そして、常に目指すのは「何をどのように勉強するのか」だけではなく、「なぜそれ勉強をするのか」を伝えていく授業。


何をどのようにだけだと、その乾きを常に追い求める連鎖にはまる。


そうではなくて、「なぜそれに対して努力をするのか」が明確になった努力は、人生を大きく動かす力になる。


資格を取ったその先が見えるような授業を、常に心がけたい。





ソムリエコンクール

f:id:koichiduvin:20190524104856j:plain  


先日は、久しぶりにソムリエコンクールの決勝戦を観戦。


ファイナリストの顔ぶれは、日頃ワイン雑誌の仕事や、テイスティング取材でご一緒させていただいている方も多く、難関のファイナルに挑む姿に、沢山の刺激をいただくことができた。


私が同ソムリエコンクールで、優勝したのが2007年。


当時一緒に戦った仲間も、今回ファイナルに進出されていて、感慨深いものがあった。


あれから12年が過ぎた今でも、ファイナルステージに立った時の記憶は、鮮明に残っている。


あの数分のパフォーマンスで、その後の人生が大きく動いた。


「あの時ああしていれば…」という言葉は、後悔に対して使われることが多いけれど、あの時の私に関しては逆だった。


「あの時、ああすることができたから」

今の私がある。


レーニングしてきたこと以上の力を発揮できたからこそ、頂点に立つことができた。


奇跡は存在する。


その奇跡を起こすために日々努力する。


ソムリエコンクールは、ソムリエの陽の当たらない努力を、陽の当たるところへと導いてくれる。


過去の栄光に浸ることは許されない、ノスタルジックは仕事に必要はない。 

だけど、それを糧に、自己評価を高めることはできる。


自己評価は、自分の能力を決める大きな要因の一つ。

過小評価からは何も生みだされない。


挑戦することの大切さを、今回また改めて実感することができた。


常に挑戦する自分でいたいと、強く思った。


f:id:koichiduvin:20190524104820j:plain


デザートとデザートワインの関係

f:id:koichiduvin:20190517193101j:plain


表参道エブリシングサラダの、新しいペアリングコースのワインセレクションが完成。

お披露目と解説を兼ねた試食ミーティングが先程終わった。


新メニューそれぞれのお皿と、ワインの相性を、スタッフメンバーにて、実食をしながら、

合わせた理由を、産地、品種、醸造スタイル、フレーヴァー、味わいを踏まえて解説。


そして、使用するグラス、供出温度等の説明も交えながら、詳細までプレゼンテーションをさせていただき、今回も我ながら素晴らしいペアリングを生み出すことができた。



今回一番苦戦したのが、デザートに合わせるワイン。


結論から言うと、「ワインカクテル」という形で、今日の最後の最後に、完成へとたどり着いた。


ベースとなるワインは早くから決まっていて、

そのワインの持つフレーヴァーが、今回のデザートと重なり合い、増幅するイメージが、自分の中で既にでき上がっていた。


ただしかし、ワインに「甘み」が足りない。


甘みを揃えることで、デザートワインのマリアージュは、格段に良くなることは充分に理解していた。


「甘みと甘みを合わせると、すごく甘くなるのではないか?」と想像される方も多いが、実はそうではない。


甘みには、同量の甘みで合わせていくことで、その味わいはより拡がりを見せてくれる。


「ワイン+α 」も、ペアリングの精度を高めるためには、正しい選択の一つだと考えている。






食事を愛すること

f:id:koichiduvin:20190511201557j:plain


ワインを仕事にしている人の中でも、自分は特に料理に興味がある方だと思う。


食べるのも大好きだし、自分で作ることも多い。

これは、飲食業に就いてからの21年間変わらない。


ワインスクールの授業でも、ただワインだけのことを語るのではなく、料理との関係性もたくさん語りたくなる。


ワインや日本酒は、それ単体で評価されるだけではなく、飲むシチュエーション全体で評価されるべきだと、いつも考えている。


そのシチュエーションに合わせて提案する力が、ソムリエとして非常に重要なことで、そのためにワインや日本酒を深く理解するように日々努める。


これは、日常から食事について意識していないと、レストランや講義の場面だけ、急に話そうとしても、話せるようにはならないし、仮にもし話せたとしても、どこか説得力に欠けたものになってしまうことは間違いない。


何より、その日の食事の場面に合わせて飲みものを選ぶのが大好きだし、それを仕事にできている今に、大きな幸せを感じる。